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石戸山
 (いしどやま)
548.8m
                          
2005.11.09に歩いた高見城山−石戸山 ふるさと兵庫50山、ヒョゴ100山 
                    
参考3D 参考地図 参考標高 起点(Mapion)
日時   :2005.10.06(木)晴れ メンバー :単独
歩行距離:5.2Km 所要時間:約3時間30分 登り:   下り:  

所要時間 :
石龕寺(P)10:13 →毘沙門天10:18 →分岐1 10:20 →(北コース) →奥の院10:45 →頭光嶽(鉄塔)11:00 →廃鉱跡(分岐2)11:20 →分岐3  11:30 →石戸山11:40 →展望所11:50〜12:16 →引返12;23 →石戸山12:36 →分岐3 12:43 →岩屋山12:48 →分岐4 12:53 →分岐5 13:10〜13:20 →分岐6 13:36 →分岐7 13:45→毘沙門天13:47 →石龕寺(P)13:57


昨夜まで雨であったが、良い天気なので急遽、以前見つけていた高見城山に行くことにした。柏原・山南どちらから登るか迷ったが写真撮影で良く出かけた石龕寺(せきがんじ)から石戸山経由高見城山にと、8時過ぎ家を出た。10時過ぎに石龕寺(P)に着いた、車は1台もなかった。早速準備をし10:13仁王門を潜る。奥の毘沙門堂横に新しくコンクリートの道があったので登って行くと奥の院に行く北と南のコース案内があった、北が近いと思い北コースを進むことにした。
          
北コースの登山道 足利将軍屋敷跡

  
足利将軍屋敷跡から北方向を望む(気になる削られた山)                     南の展望
左・右写真クリックすると大きくなります


南側にススキの間から何か建物が見えており、ススキをかき分け進むと奥の院であった、想像していたお寺より小さかったが南側参道?には両脇に立派な石灯籠が並び急斜面に作られた場所とは思われない、更にその奥に鐘楼が建てられていた、この釣鐘もここまでどの様にして持ち上げたのか、昔の人は大変であったことが伺えた。鐘楼の南側に回ると急斜面を下っている道が南コースらしい、標識には”石龕寺へ”と書かれていた、こちらが正規の道かも知れない。
          
奥の院 参道?の石灯籠(奥:鐘楼)


鐘楼の南東から登山道が続いていた、明るい道を登って行くと11:00頭光嶽に着いたが尾根端の鉄塔設置場所であった。頭光嶽の名前の由来が案内板に書かれていた。展望は少し南が望めるていどである。(山頂から南東に巡視路の分岐があり、金屋地区に下れるかも知れない)頭光嶽から緩やかな尾根道を登って行くと曲がりくねった木があり、見ていると蛇が目の前を横切る、思わず後ずさり、蛇はどうも苦手である。木の形も蛇に似ていたので“蛇木と命名しながら先に進む、間もなく山が削り取られた所に来た、昔から気になっていたので興味津々である。
          
頭光嶽〜廃鉱間の尾根道 蛇と出会った所なので蛇木と命名した


切り取られた断崖に沿って下ると林道のような広い道にでた、道の横に廃屋(昔の飯場か?)もありやがて石だらけの底部に下ってきた、大きく削り取られた山、案内板に金屋鉱山跡と書かれ、大正時代から昭和50年代までカオリナイトを産出していたようである。えぐり取られた奥にブルトーザー2台とトラック1台が放置されていた、20〜30年放置されていたのか?。国道175を通る度気になっていた山頂の崖は鉱山跡であった。南東に金屋方面に下る分岐があった、昔は金屋から車で登られたのだろうが今は廃道で車は通れそうにない、ここから急登を少し登ると城跡(岩屋山)経由石龕寺と石戸山への分岐に出た、下山はこちらから下る予定をして石戸山に向かう。
          
昔から気になっていた所は鉱山跡であった 分岐3(右石戸山、左岩屋山(城跡)


分岐3から尾根道を進むと11:45やっと石戸山に到着である、約1.5時間かかった、ここから高見城山までは約2.2km、尾根道とは言えアップダウンがあり私の足では往復2時間強かかりそうである、岩屋山経由で下山したいこともあり高見城山行きは直ぐ諦める、歳か! ここから少し高見城山側に展望の良い所があるらしいのでそこで昼食することにし、北に向かった。200m足らず歩くと平たい石(鉄平石?)が露出したガレ場に出た。その直ぐ北に展望の良い所があったのでここで昼食とした。北から西の山並みが一望出来た。(篠ヶ峰、竜ヶ岳?、白山?、安全山、高見城山、向山連山、等)
          
山頂から北の展望 露出した平たい石(鉄平石?)ガレ場


石戸山北200m辺りからの展望
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昼食後、快適な尾根道を少し北に向かう、12:23少し急な地点で引き返すことにした。12:36石戸山、13:43分岐3へ、岩屋山(城跡)から石龕寺に下る道に行く、12:48狭い山頂に、案内板に岩屋城跡の説明が書かれていた。この狭い部分に城が?案内では城跡の大部分が鉱山の採掘した辺りにあったらしい!歴史では飯は食えないのだろうが二度と復元できない歴史破壊に少々寂しさを感じる、これも歴史か!等とぶつぶつ言いながら平らな尾根道下る、?尾根道の途中に鉄パイプが南北に敷設されていた“なんじゃこれは”である。そこから直ぐに分岐4、右(西)に行けば“重ね岩”と書かれた立派な標識があった。
        
岩屋城跡案内 ?の鉄パイプ 分岐4(西:重ね岩) 城跡の祠


ここから激下である、半端な下りではない、木がなければ相当恐怖のある道である。13:10鉄塔に下ってきた(分岐5)、ここも展望もあり、鉄塔さえなければ爽快な場所である。目の前に登ってきた北ルートの奥の院、頭光嶽と、南に岩屋集落が一望出来た。鉄塔から北西方向に巡視路があり、東に鉄塔の下に下る階段がある、鉄塔下の道は途中から道が怪しいくなったので戻り、南の道を下った、所々眼下に石龕寺の見える、13:36北谷へ(東)となめらの谷広場へ(西)に下る分岐6に、そのまま真っ直ぐ南に下る。
          
鉄塔から奥の院を望む 鉄塔から奥の院を望む


分岐6は北谷へとある、北コースに行く分岐らしい、そのすぐ下になめらかの谷広場への分岐、ここも真っ直ぐ石龕寺へ下っていく、13:45分岐7へ、なめらかの谷広場からとの合流点らしい。眼前に毘沙門堂が、右手には茅葺きの建屋(神社)が。良く写真を撮った場所である。まだ色も付いてない紅葉、誰一人としていない。シーズン中は車が止められないほど観光客が来る場所である。(写真を撮り始めた頃は極1部の人が訪れる絶好の穴場であった)誰もいない境内をから仁王門まで下っていくと大勢の人が、なんとこの季節観光バスが神社巡りの観光か?。14:00着替えをして石龕寺を後にした。、
                     
分岐6 分岐6の直ぐ下 分岐6の直ぐ下


高見城山登山口に寄ってみることにした。途中福田地区によって石戸山を眺めていると地元のお婆さん出てこられいろいろ話していると、山を管理する人がおらず山が荒れ放題であるとか、水田を耕す若者がいなく4反ほどの水田が山に吸収された等と話してくれた。礼を行ってから柏原の悠々の森に廻り登山口を確認してから、県道291から谷川に出て帰ろうと車のナビを見ながら走る、が山乃神上池を過ぎると道が草に覆われ車では通れない、仕方なく戻り、国道176号から帰宅した。
今回はゆったりさんで山登りが出来た。次もこのような山登りにしたい。